無気音と有気音の真実
中国語は無気音と有気音を区別する。日本語にはこの区別は存在しないので、日本人にとっては厄介な存在である。
この音の紛らわしいところは、日本人には有気音が清音っぽく、無気音が濁音っぽく聞こえるところだ。では手っ取り早く清音と濁音で発声すれば良いのかというと、必ずしもそうとは限らない。
本項ではこの音の姿を探って行きたいと思う。
一般的な解説
まずは市販テキストや解説書などで見られる説明を見てみる。唇音「b」「p」で解説される場合が多いので、「b」「p」の解説を抜粋する。
無気音:ba = [p]+[a]…破裂と同時にコエ(母音)
有気音:pa = [p]+息+[a]…破裂と同時にイキ,そのあとコエ(母音)無気音の“ba”は,まず唇を閉じて口むろに呼気をため,唇の閉鎖を解除(中略)すると同時に(!)母音“a”を発音します。一瞬たりともイキだけを出す時間があってはいけません。そのことを「息を殺す」と比喩的にいうのです。
有気音の”pa”では,唇の閉鎖が破裂されたあと,しばらくイキだけの時間があります。しばらくといっても0.何秒かです。そのイキのあとに“a”が続きます。(※参考文献)
※補足:この参考文献は本件について詳細に解説している。一読をおすすめする。
パ行,カ行,タ行の音を出してみましょう。これらの音の子音は,いったん閉ざされた器官を突き破って出てくる,破裂音です。破裂の時に,中国語の子音には,「息を抑えてひかえめにするもの=無気音」と「息をパッと激しく出すもの=有気音」の二通りがあります。
無気音はーー破裂した直後,すぐに母音が出る。息は抑える。のどを緊張させてコントロールする気持。
有気音はーー閉鎖を息で破る。後から母音が続く。b(o)ーーp(o)
「しっぽ」の「ぽ」を言うつもりで,
息を抑え,母音oで口のとじを破れば → bo(無気音)
息をたくわえ,息で口のとじを破れば → po(有気音)
(※参考文献)
両唇を閉じ、ためた空気を外に出して発音する。
【b】:あごを下に引き、おなかをへこませて、声を抑えるようにして発音する。
【p】:勢いよく息を吐いて発音する。(※参考文献)
無気音=口の中の息だけで、ゆるゆる出す音(正門は閉じ、肺の空気は出ない)。
有気音=口の中の息を破裂と同時に出し、さらに肺の空気も出し切る音。「bo」…唇を閉じた状態から静かにゆるめ(破裂させないように気をつけ)て、静かに息を出す、「ボォー」というぼんやりした音。
「po」…唇を閉じいったん息をためてから、「ポッ」と一気に破裂させ、続けて肺の空気を「ホー」と出し切る。強調すると「ポ・ホー」のような音。総じて日本人の発音は有気音が弱く、無気音に聞こえてしまうので注意!(※参考文献)
【b-】無気音。まず両唇をしっかり閉じておいて、息がもれないように「パー」と発音します。息がもれたり、日本語の「バ」のような完全な有声音(濁音)にならないように注意。
(中略)
★息を詰めて「すっぱい」と言ったときの「ぱ」の要領です。【p-】有気音。両唇をしっかり閉じておいて、息でプハァーと閉鎖をやぶったあとで母音を発音します。息を多めに出すことに加え、息が出ている時間をながめに取るのがコツです。
(中略)
★息を強めに出して「ポット」と言ったときの「ポ」の要領です。(※参考文献)
【po】:唇を固く結び、口の中に息をため一気に破裂させます。汽車の汽笛の“ポーッ”に聞こえるハズ。髪を口の前に持ってきて発音し、髪が吐く息で手前に曲がればOK。boの音の場合紙は動かないハズ。(※参考文献)
子音には無気音と有気音があり,その違いは息をおさえるか,勢いよく出すかという点にあります。
【b】この〔b〕は無気音です。唇をぴったり合わせ,息をためておきます。その息をおさえながら,静かに発音します。〔b(o)〕は「ポ」を弱く言うようにして言ってみましょう。
【p】この〔p〕は有気音なので、息を強く出すことを意識してください。唇をきっちりと閉じ合わせて、息をためます。そして,息を一気に出し〔p〕を言った後で,母音を発音します。有気音は息を思い切り出して,その後で母音を添えるように発音するという点に注意しましょう。〔p(o)〕は,息を一気に出して「ポ」と発音します。 (※参考文献)
清音濁音論争
この音の話で避けて通れないのが「無気音は清音なのか否か」という清音濁音論争である。「中国語には濁音がない」のだから、中国語の「ta」と「da」のいずれも「タ」と発音しなければならない、という絶対清音派と、無気音は日本人の耳には濁音に聞こえるし、実際に濁音で発音しても問題はない、という濁音容認派が、無気音の発音を巡って対立を続けている。
以前の中国語教育は前者が優勢で、徹底して濁音を使わせない教育が行われていたようだが、最近は後者が優勢になっているようだ。
先に私の立ち位置をはっきりとさせておくが、「一応」後者である。二者択一なら間違いなく後者になるであろう。
中国語には濁音はない?
「一応」などともったいぶっているのにはもちろん訳がある。
私は清音濁音という概念を中国語の学習に持ち込む必要はないと考えている。そもそも中国語(普通語)には清音濁音という概念がないのだから。
絶対清音派の言う「中国語には濁音がない」という表現には瑕疵がある。中国語には「濁音がない」のではなく、「濁音」という概念がないのだ。もちろん、これに対応する「清音」という概念もない。
ここで言う「概念」とは、それによって意味が区別されるか否か、ということを意味する。例えば、日本語では清音「か」と濁音「が」では表すところの意味が異なる。「か」と言えば「蚊」、「が」と言えば「蛾」となるように、また「さっと」と「ざっと」では意味が異なるように、清音と濁音で意味が区別されるのだ。
一方、中国語では清音で「da」と発音しても、濁音で「da」と発音しても、「da」であることには変わりない。清音であろうが濁音であろうが、中国人の耳には「da」で処理される。もちろん、それによって意味が変わることもない。同じ音なのだから言うまでもないのだが。
故に、清音濁音という概念を中国語教育に持ち込む必要はないのだ。中国語のピンイン「p/b」「t/d」「k/g」「q/j」「c/z」「ch/zh」は無気音と有気音の区別を表しており、清音と濁音ではない、ということだけ頭に入れておけば良い。
紙揺らし測定法
では、「無気音」「有気音」なるものは、いかなるものなのだろうか。字面からは、「気」がある音とない音、と読み取れるので、そのように理解している人もいるようだが。
実際の話、両者の違いについて、「有気音は強く息を出す」「無気音は息を出さない」と説明しているものもよく見かける。そのような説明には往々にして、口の前に紙を垂らして発音すると、無気音は紙が揺れず、有気音は息を受けて揺れる、という図解とセットになっている。
「紙揺らし測定法」とでも言うのだろうか。視覚的にわかりやすいせいか非常にポピュラーで、広く使われているようだ。これ自体間違っているとは言わないが、これだけで理解させるのは誤解を生む可能性があるので、いかがなものか、と私は考えている。
閉鎖と破裂
無気音と有気音は相対的な概念になるため、これを解説する場合、「紙揺らし測定法」に見られるように、その相違点に重点が置かれる傾向が強いのだが、この二つの発音の関係は、喩えるならば「右手」と「左手」みたいなもので、両者とも「手」であることには変わりないぐらい近い関係になる。
ここから、両者について正しく理解するには、まず先にその音そのもの、上記の例に喩えれば「手」について理解することが肝心である。
では、この音はいかなるものなのだろうか。
一言で言い表すなら「破裂音」である。息を一瞬せき止め、破裂させて発音するところにその最たる特徴がある。有気音は容易に想像できると思うが、実は無気音も破裂音なのだ。もう一つの名称として「閉鎖音」という言い方もある。こちらは逆に無気音のイメージに近いかもしれない。
いずれにせよ、両者とも閉鎖と破裂を特徴とする音である。両者の相違点は破裂後の息の流れでしかない。これさえわかれば後は簡単なものなのである。
息の流れ
わかりやすいように具体例を出して比較してみよう。音と息の流れを左から順番に並べる。
- 有気音
- 「(唇の)閉鎖」→「破裂」→「息」→「母音」
破裂の直後に息を流す。息で破裂させると言ったほうがわかりやすいかもしれない。その後に母音が続く。
- 無気音
- 「(唇の)閉鎖」→「破裂」→「母音」
破裂に続いて母音が流れる。こちらも母音で破裂させると言ったほうがわかりやすいだろう。では、息はどこに行ってしまったのだろうか。実は、母音といっしょにゆったりと流れるのだ。結果として、息を殺したような音になる。
このように、両者の違いは息で破裂させるのか、母音で破裂させて息をゆっくりと流すのか、という点にある。相違点はこれだけだ。母音の前に息が流れれば有気音、子音に続いて母音が流れてきたら無気音となる。
有気音について「紙揺らし測定法」で紙が揺れるのは、破裂と母音の狭間というわずかな間に息を一気に流すために起こる現象である。一方の無気音は母音と一緒に流れるので、河川の下流域のようにゆったりと流れる。故に紙が揺れないのだ。
「紙揺らし測定法」はこの点を理解した上で利用すると良いだろう。
ちなみに、テキストによっては「無気音」について「最初から声を出す」と解説しているものがあるが、これは破裂の直後にすぐ母音が続くことを「最初から声を出す」と表現しているのである。
日本語との対比
清音と濁音の話に戻るが、日本語の清音は中国語の有気音ほど気流が強くないので、無気音に聞き取られる場合が少なくない。一方の濁音は基本的に無気音と取られるので、実践においては有気音を意識して身につけるのが習得への近道となるであろう。
最も手っ取り早い方法は、無気音は濁音で処理して、有気音を意識して発音するやり方である。発音に過度にこだわる気がないのならば、この方法で十分であろう。