鼻音「n」「ng」の区別と発音のコツ
中国語を学んだ人が必ずと言っていいほど苦手として挙げる発音が「n」と「ng」である。そり舌音のような日本語の中にない音というわけではないのだが、日本人は区別して認識していないので、聞分け使い分けは容易ではないのだ。
しかし、同音異義語が多い中国語では、これを区別しないと容易に別の意味の言葉に置き換わってしまう。同じ「ジン ユー」でも"jīn yú"なら"金鱼"(金魚)、"jīng yú"なら"鲸鱼"(クジラ)なのだから笑い話にしかならない。
本項では、そんな鼻音「n」「ng」の区別と発音のコツについて解説したいと思う。
一般的な解説
まずは市販テキストや解説書などで見られる説明を見てみる。一般に母音「a」をつけた「an」と「ang」で説明される。
an
“an”は「ア」のあとに、舌端を歯から歯茎にかけたあたりに押しつけて、コエは鼻を通って出ていきます。ちなみに口から出ると“l”になります。(中略)[アンナ、アンナ、アンナ……]を早口で(!)数回繰り返しながら、[ン]のところで止めると“n”の調音部位が実感できます。少しうつむき加減で試みるほうがいい結果が出ます。
(中略)
“n”の部分を発音するときは、単に舌先を歯や歯茎のあたりにちょこっとふれるのではなくて、舌の前部全体を歯と歯茎に密着させて強く押しつけてみます。(※参考文献)
aを発音し、舌先を上に歯茎に押しつけて「アヌ」。aを少し前寄りに発音するとよい。(※参考文献)
口(唇)を大きく開け→舌尖をサッと上に歯茎につけて→「アン」と発音する(「案内」の「案」の要領で)(※参考文献)
舌先を上の歯の裏にべたっと付け、それによって音を遮断します。歯切れよく!(※参考文献)
音節末の-nは舌先を軽く噛んで、しっかりと響かせます。
(中略)
口を大きく開けて母音のaを前寄りの浅い音色で発音したあと、軽く舌を噛むようなつもりで「アン」と発音すると近い音がでます。(※参考文献)
前鼻音の〔n〕をともなう発音です。〔n〕をともなう母音の中の〔a〕は、口をそれほど大きく開けず発音します。「ア」と言った後、舌の先を上の歯の裏に当てながら「ン」を言います。最後は舌の先で音を止めて、「ン」の音が伸びないように気をつけましょう。(※参考文献)
ang
“ang”は、大きく口を開けて「ア」を発音したあと、そのまま大きく口を開けたまま、鼻からコエを出せば自然に出てきます。(中略)やはり早口で「あんが、あんが、あんが……」と数回繰り返しながら、[ん]のところで止めてみると。“ng”の調音部位が実感できます。上を向いて試してみると、口が大きく開くのでうまくいきます。なお、舌先は最初から最後まで、下の歯茎(あるいはさらに奥)あたりにあります。(※参考文献)
口を大きく開け奥寄りのaを出して「アン」。最後まで口を大きく開けたままで。舌先はどこへもつけない。(※参考文献)
口(唇)を大きく開け→舌のつけ根を盛り上げるようにして→「アーン」と発音する(「案外」の「案」の要領で)(※参考文献)
「an」は舌と歯で音をカットしました。それに対して「ang」は音を切らず、口を開けたまま鼻に抜きます。(※参考文献)
音節末の-ngは、発音し終わるまで口を開けたままにしておくのがコツです。
(中略)
口を大きく開けて母音のaを奥寄りの深い音色で発音したあと、口をしっかり開けたままで「アァン」と発音すると近い音がでます。(※参考文献)
奥鼻音の〔ng〕をともなう発音です。まず、口を大きく開けて、舌を奥に引きながら「ア」を言います。次にあごを引くようにし、舌の奥を持ち上げて「ン」を発音し、鼻から息を出します。〔ng〕を言うときは唇をとじませんし、舌の先をどこにもつけないことに注意してください。(※参考文献)
「案内」と「案外」
こうやって文字にすると妙に難しく感じられるが、実際にはそんなに難しいものではない。完全に一致するわけではないのだが、日本語の中にもこの二つの音は存在しているので、コツを掴めば発声自体はそれほど難しくはない。
よく使われる喩えが日本語の「案内」と「案外」である。「案内」(アン ナイ)の「アン」は中国語の"an"に、「案外」(アン ガイ)の「アン」は中国語の"ang"に相当するというものだ。
論より証拠、まずは実際に発声してみてほしい。「案内」の「アン」では舌が上の歯茎につくと思う。方や「案外」の「アン」は舌はどこにもつかず、浮いた感じになっていると思う。
また、この二つの「アン」の「ア」の音にも微妙な違いを感じることができると思う。「案内」の「ア」は口の中の前の方(唇に近い側)で発声していないだろうか。一方「案外」の「ア」は口の奥の方(喉に近い側)で発声していないだろうか。
これは、それぞれの「アン」の後ろに来る音の影響を受けているために起こる現象である。「案内」の「ナイ」は「nai」、「n」は口の前の方で発声する。このため、「案内」の「アン」の音も口の前の方で発声した方が全体として発声しやすいので、結果として中国語の"an"のように口の前の方で発声される。
一方「案外」の「ガイ」は「gai」、子音「g」は口の奥の方で発声する。このため、「案外」の「アン」も口の奥の方で発声した方が全体としてスムーズに発声できるので、結果として中国語の"ang"のように口の奥の方で発音される。
この二つの「アン」を違いを実感するには、それぞれ「案内」の「アン」で「案外」を、また「案外」の「アン」で「案内」を発声してみると良いかもしれない。高速で繰り返してみてほしい。疲れると思う。人とは本来怠け者な生き物であり、すこしでもラクに発声しようとするので、結果的にこうなるのだ。
「案内」と「案外」の喩えでピンとこない人のために別の例を出してみよう。例えば、ボールペン等の「ペン」は「n」の音になる。爆発音の「ボーーーン」は「ng」だ。これでもダメなら......いずれまた別の方法を考えます。
息の流れ
"an"の発音が"ang"と比べて短くなるのは舌で息の流れを断ち切り、空気の流れが止まるためである。これは特に意識しなくても口と舌の動きが掴めれば自然とそうなる。
よく使われる「息を鼻から通す」という表現もピンとくる人とこない人に分かれると思うが、ピンとくる人はラッキー、こなくても支障はない、ぐらいのつもりで割り切ってしまって構わない。舌の位置と口内の発音の位置さえ間違っていなければ、自然とそうなるものだ。
また、これは余談だが、日本語の「ン」は実は3種類あり、「n」と「ng」の他に「m」も存在する。例えば「安保」の「ン」は「m」である。これは、後ろの「保」が「ポ」で、唇を閉じてから発声するからだ。
無意識の中で
上記のように「n」と「ng」の発声自体は日本人にとって難しいものではない。難しいのは、発音を意識していない日常の会話の中で「n」と「ng」を無意識に使い分けるところにある。
意識していればできることが、日常の会話の中で、脳が会話文作成に集中している状態においても実行できるとは限らない。というよりも、往々にしてなおざりになってしまうものである。
これを克服するには徹底した反復練習しかないだろう。日頃の学習の中で、「n」と「ng」を意識して発声するのだ。特に音読やスピーキングの際に意識して練習すると良いだろう。
「n」と「ng」の聞き分け
無意識の中で発音し分けるのも難しいが、それ以上に難しいのは聞き分けである。
音の長さと音のこもり具合が違うので、意識して聴くのならば、「n」と「ng」を聞き分けはそれほど難しくはない。難しいのは日常の会話なり何なりの中の、「n」と「ng」を意識していない状態での聞き分けである。
ただし、まとまった文章の中では前後の文脈でその語彙を推測できるので、語彙力やリスニング力がある程度のレベルに達すれば、音の聞き分けができなくても、大抵の場合は聴解に影響を与えることはほとんどない。
上述の例を引くのなら、"金鱼(jīn yú)"(金魚)と"鲸鱼(jīng yú)"(クジラ)の聞き分けができなくても、普通前後の文脈で判別できるものなので、聴解に支障をきたすことはないのだ。
開き直るという考え方も
「n」と「ng」の判別ができなくても聴解に支障をきたさないのと同様に、「n」と「ng」を区別して発音できなくても、その他の発音や文法語法言い回しなどに問題がなければ、聞き手側の聴解に支障をきたすことは少ない。
外国人である我々が聴解に支障をきたさないのだから、ネイティブスピーカーである中国人たちにとっても大きな問題にもならないことは言うまでもないであろう。
現実に「n」と「ng」を区別していない中国人は少なくない。これは、南方方言が「n」と「ng」を区別せず、多くの南方出身者が「n」と「ng」を区別しないためだ。
これは人口の1%や2%という割合ではなく、ざっくりと言って人口の半数程度が区別していないことを意味する。このため、「n」と「ng」を区別する地域に生まれ育った人であっても、「n」と「ng」を区別していない中国語に慣れきっているので、私たち外国人が「n」と「ng」を区別できなくても、意思疎通上問題になることはないのだ。
ぶっちゃけた話、本格的に中国語を学ぶという訳でもないのなら、それほど気にする必要はないのかもしれない。もちろん、本格的に勉強するつもりなら、しっかりとマスターしておく方が良いのは言うまでもないが。
日本語読みで見分ける「n」と「ng」
以降はオマケ。鼻音で終わる中国語の漢字が「n」の発音なのか「ng」の発音になるのかを簡単に見分ける方法がある。
有名な方法で、入門初級テキストにはだいたい載っているものなのだが、日本語の漢字読みで「ン」で終わるものは中国語で「n」となり、日本語の漢字読み(音読み)で「ン」とならないもの、例えば「ウ」とか「イ」で終わるものは「ng」になる。
例えば、「南」は「ナン」で、中国語では"nan"となる。「東」は「トウ」だから「n」にはならず、"dong"となる。「春」は「シュン」だから"chun"、「冬」は「トウ」ですから「東」と同じく"dong"となる。
発音「n」と「ng」で迷ったら、日本語で読んでみよう。